野坂昭如「少女M」



……「御指名はございますか」「ない」女たちはみなうつむいていて顔は判らない。西洋人を指でしめした。毛唐女が好きなわけじゃない、本を読んでいたからだ。
……
部屋へ戻り、ベッドに横たわると、やはりフェラチオにとりかかった。
「いや、それはいい」
「どうして?」
どうしてって、ひょっとするとあなたの祖父は戦艦アリゾナの乗員で、一九四一年十二月七日、日本海軍航空隊の奇襲により、戦死したのかもしれない、鬼畜ジャップと恨んでいて不思議はない、アメリカ女にくわえさせるほど俺はノーテンキじゃないとまでは思わないが、とにかく体を起こした。
部屋には天井がない、この並びには三部屋だが、他にもあるらしく、あたりはばからぬ男のしゃべり声が、二方向から伝わる。昔でいえばこの方式は、割り部屋で、女の、虚実いずれにせよよがり声がひびいたものだが、その類いははったくない。
「やっぱりセーラー服着る?」
「?」
「セーラー服着ると興奮するんじゃない、ここのお店の名物なのよ。でも、私、恥かしくて。おフェラいやなら、スマタ?」
「ふつうのセックスはしないの?」
「ノウ、だめよそれ」
素股か、だがお相手のふとももは筋肉質でこの営みにはふさわしくない感じ。気がつかなかったが、ペニスにはコンドームが装着され、半ば萎えているからみっともない。こういう時、ぼくは猛然と日章旗を背負ってしまう。といって、自分の手で大きくもできない、さりげなくタオルをとり、おおった。
「あなたさっき本読んでたでしょ、誰の?」
村上春樹
ペニスはさらに縮まったと思う。大江だったら、立ったかもしれない。
……
「お金貯めてどうするの」
「大学へ戻る」
「どこ?大学は」
彼女、少し含み笑いしていたが、中西部の大学名をつげた。
この大学に、ぼくは招かれて少し滞在したことがある。文字通りの大学都市というより町。キャンパスの中を清冽な川が流れ、カヌーを漕ぐ者、広大な馬場で、障害物レースの練習をする女子学生、赤ん坊を抱えた男と女の、つまり夫婦学生。詩人として名のある教授の家でのマリファナパーティー、フラティニティハウスで滞在中、ずっと酔っ払いつづけ、伝説中の人物として、尊敬をこめ語り継がれていた田村隆一。……
(p.150)


せっかく野坂読むんなら猥雑なのが良かろう、ということでセレクト。老害と性欲と知性にあふれた一冊でした。
いま大江の新刊読んでるけど、タイトル「水死」…立つかなあ?