スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」

Stanislaw Lem「solaris


ソラリスが発見されたのは私が生まれるよりも百年も前のことである。この惑星は赤と青の二つの太陽のまわりをまわっている。発見されて以来四十年以上もの間、この惑星に近づいた宇宙船は一つもなかった。当時にあっては、二重星をめぐる惑星に生命は誕生しないというガモフ=シャプリーの理論が固く信じられていた。二重星をまわる惑星の軌道は、二つの太陽の相互回転によって呼び起こされる引力が一定でないために、つねに変化する。
重力の場に変化が起こって、それに応じて、惑星の軌道が短縮されたり、延長されたりする。そのために、生命の萌芽は、たとえそれが発生したにしても、すべてを焼き尽くすような炎暑や、あるいは宇宙的な寒さに出会って滅びてしまうにちがいない。……しかし、……ソラリスの軌道は予想したような変化を受けていないことが判明した。ソラリスの軌道は、私たちの太陽系のすべての惑星の軌道と同じように、一定だったのである。……(自動人工)衛星が集めたデータは、ソラリスの海が非常に積極的な動きをしているというオッテンシェルドの結論を最終的に確認した。……ソラリスの海が、どのようにしてソラリスという天体の軌道を安定されることができるのかは誰にもわからなかった。(p.31)


「それは違う。決してそんなことはない。なぜかといえば、海が取り出すことのできるのは生産のための処方箋だけだ。しかもその処方箋は言葉で書かれているものではない。それはわれわれの記憶のなかに保存されている記録だ。つまり、精子の頭部や卵子のような蛋白質の構造だ。脳のなかには言葉や感情は全然ない。人間の記憶は、多分子の不同時性結晶の上に核酸の言語で書きこまれた一種の絵なのだ。海はそのなかでもっとも病的な個所、もっとも深く秘められていて、もっとも完全に、もっとも深く刻みこまれているものを取り出したのだ。わかるかい?しかし、それがわれわれにとってどのような価値をもち、どのような意味をもつかということは、海にとっては、全然知る必要のないことだったのだ。それを例えて言えば、われわれがこの海の<対称物>を創り出して、その構造や製造過程や材料のことは知っていても、その<対称物>がこの海にとってどのような役割を果たし、どのような意味をもっているかを知らずに、それをこの海に投げ込むのと同じことだ…」(p.349)


ここ数年、スタニスワフ・レムレイ・ブラッドベリジェイムズ・P・ホーガンといったSF黄金期の硬派な作家たちの訃報を目にするたびに、読み足りていないジャンルだと思っていた。「ソラリス」については、国書刊行会の版を入手する前に偶然ハヤカワ版を見つけたので、読了。
木星の4衛星のひとつ、ガニメデを望遠鏡でときどき見る。地球との類似性がひとたび発見されれば、生命体の存在が完全否定されるかもしれない百数十年後までの間は、SFの夢と天体観望は、自然科学のドライビングフォースになるんだ。