アガサ・クリスティ「アクロイド殺害事件」



アクロイド殺しの真犯人は別にいるらしい、という本を次に読むので、自分でも見当つけとこうと思って再読した。
アクロイド殺害事件」は、ある登場人物の手記という体裁をとっている。語り手は、断片的な知識しか持たないし、公平な目で事件を眺め渡すわけでもない。だから、もし真犯人が別にいるとするならば、第20章より後に出てくる証言はある程度無視することが可能だ。ポアロが犯人を名指す前に書かれた章であることが担保されていないのだから、書かれていることが嘘か本当かは読者が判断しなければならないのだ。物理証拠だけで犯人言い当てられるほど物証が出揃っていないので何とも言い難いけど、ブラント少佐が最も危うい立場か。アクロイドの死亡推定時刻付近に彼がテラスにいたということ、フロラの境遇を助けたいという動機、また外部に知り合いも多く「謎の電話」を誰かにかけさせることも可能であること、彼がつい最近大金を手にした理由が最後まで明かされないこと、そして何よりも、カロラインおばちゃんが「あの人は犯人じゃないわよ!」というお墨付きをまだ与えていないからね。
…こんなんじゃまるで安楽椅子探偵だわ。さっさとバイヤール読むとしますか。……いま、ピエール・バイヤール「アクロイドを殺したのはだれか」の目次を眺めてたのですが、最終セクションの第一章の名前が「カーテン」なんですが(汗)もしやポワロ最後の事件「カーテン」と同タイプの犯人なんすか?てことはカロラインおばちゃん??た、たしかに彼(彼女)が真犯人でないとするならば、あの手記が意味を持つのは彼女が犯人である場合だけだけど(汗だく)。


あ、あと忘れるところだったけど早川書房さんへ、本当はこの本、田村隆一の翻訳で読みたかったのに新訳にしてしまったんですね。すごく残念です。ある翻訳者のかたが、ミステリマガジン編集長時代の田村隆一の心遣いや、当時のハヤカワ編集室に漲っていた活気について回想をしているのを読みました。詩人として翻訳者としてどうこう言う以前に素晴らしい人だったに違いない、ハヤカワが彼の貢献を忘れるなんてあり得ない、遣る瀬ない気持ちです。