アガサ・クリスティミス・マープルと13の謎」
Agatha Christie「Miss Marple and The Thirteen Problems」


かわいいおばあちゃん探偵ミス・マープルが活躍するミステリ。自らが発した安楽椅子探偵ということばにつられて手にとったものの、彼女は直接現場に赴いて謎を解くこともあるようす。


「ジェーン伯母さん」レイモンドは、伯母をいぶかしげに眺めながら、「どうしてわかったんですか?こんなに平和な生活をひっそりと送ってきた伯母さんが。もう、どんなことが起こっても、おどろかれないようですねえ」
「この世の中で起ることといったら、なにもかも似たりよったりだとあたしはいつも思うんですよ」とミス・マープルはいった。「グリーンって女の人がいましたがねえ、五人の子供に先立たれてしまったんですけどねえ。──それが、ひとりひとりに、保険がかけてあったのですよ。そうなると誰だってこれはおかしいなと思いますものねえ」
彼女は首をふった。
「村の生活にだってずいぶんひどいことがあるものなんですよ。あなたがたお若い人たちが、この世がどんなにひどいものかっていうことがわからずに生きてゆけるようだったらいいんですがねえ」(p.86)


他人の死までをも望むような、犯人の深甚な欲求が関わってくるような出来事だと、確かに、この世の中で起ることなんて似かよってくるんだろう。文化圏の違う人に接すると、宗教観や礼儀作法や自己規律や教育観や結婚観に至るまで、理解できないしてもらえないことばかりだと思うけれど、そんなのはごくうわべのことなんだ、ミス・マープルにとっては。
ミステリがやすやすと国境を飛び越えるのはそのためだろうか?正直、ミステリ作家が人間性を描くその技量なんてたかが知れているが、これが処女作、という作家であってもかなり広く翻訳されて出回り、その出荷量は文学作品の比じゃない。これはきっと、人の死に関わるヒューマニティには普遍性があるということが関係しているに違いない。しかも、素晴らしいのだが高尚な文学作品と比べ、受容者に教養を要求しない。未解決問題を論理的な愉しみに基づいて解いていると、その解いていく手順の中で自然と、ドラマティス・パーソーニーdramatis personaeの思想を読み解いている。
ミス・マープルには「優雅な生活が最高の復讐である」ということばがよく似合う。彼女の住むセント・メリー・ミード村も決して平和な訳ではないが、彼女は非常に優雅に暮らしている。火曜ナイトクラブの仲間・元警視総監のヘンリー卿は、それこそ犯罪の只中に身を置いたからこそ、火中でも悠然と真実を見極めるミス・マープルの度量に感服したのだろう。Living well is the best revenge、ガンガン布教活動に海外へ飛び出すイエズス会修道士たちを見やりながら旧教会勢力が放った言葉だったと思うが(うろ覚えだが)、悔し紛れのことばなのかなという理解を改めようと思う。


以下、備忘録がわりに収録タイトル列挙。
01.火曜ナイトクラブThe Tuesday NightClub
02.アスターテの祠The Idol House of Astarte
03.金塊Ingots of Gold
04.血に染まった敷石The Blood-Stained Pavement
05.動機対機会Motive v.Opportunity
06.聖ペテロの指の跡The Thumb Mark of St.Peter
07.青いジェラニウムThe Blue Geranium
08.お相手役The Companion
09.四人の容疑者The Four Suspects
10.クリスマスの悲劇A Christmas Tragedy
11.死の草The Herb of Death
12.バンガロー事件The Affair at the Bungalow
13.溺死Death by Drowning
〜06:ミス・マープル・甥の作家・女性画家・元ロンドン警視庁警視総監・牧師・弁護士が、自分だけが真相を知っている事件を語り、謎を出題する
07〜:元警視総監が、別の集まりにミス・マープルを招待して、おのおの謎を出題する