斎藤美奈子「趣味は読書。」



読書ファンは多かれ少なかれベストセラー本を馬鹿にしている。「あるのは知ってるけど、読んでませんよ、そんなもの。」時間と金の無駄でしょう、愚民どもが読んでればいいのよ。書棚にさしといたら恥ずかしいわい。「光に向かって100の花束」「頭がいい人、悪い人の話し方」「子供にウケる科学手品77」「鉄道員(ぽっぽや)」「東京タワー」「ふぞろいな秘密」「買ってはいけない」「サティスファクション」「LOVE論」「電車男」「五体不満足」「国家の品格」…約50冊。いやあ読む気しない本ばっかりだ本当に。何が書いてあるのかもなーんとなく分かる。というような読書ファンの心理を斎藤はしょっぱなから看破して、そんな高慢ちきな彼ら(私?)の代わりに、ベストセラー本を読んで解説してくれた。
一つ一つの記事の構成はこうだ。まずは本の内容に対する皮肉たっぷりの毒舌批評。そしてどうしてこんなダメ本が売れるんでしょうという問いをはさんで、内容の持つ性質と読者層を分析する。この本はタイトルからして読書ファンをターゲットにして書かれているから、「あーやっぱりベストセラー本てたいしたことないのね」という、期待を裏切らない読後感を読者に与えてくれる。そんな訳で、一応これはジャンルとしては「書評集」だと思うのだが、書評の最も大きな役割であるはずの「本の売り上げに貢献」はしないはずだ。彼女がこの本で果たした役割は彼女自身も述べているとおり「読書代行業」であり、この書評集を読んだ後に改めて採り上げられていた本を読む必要はないのだ。
まあそもそも、読書ファンなんて絶滅危惧種なんだろう。書籍100万部はテレビ視聴率3%相当だという。初版数千部の書籍を有難がって読んでるなんて、奇人変人でなくて何なんだろうか。ニッチの中のニッチである読書ファンにそっぽを向かれたからって、ベストセラーには痛くも痒くもない。だから彼女の批評は情け容赦なく、しょーもない本だったよー!と喧伝できるのだ。


私がこの中で読んだ本は、大迫閑歩+伊藤洋「えんぴつで奥の細道」とベルンハルト・シュリンク「朗読者」のみなので、斎藤の批評の妥当性を伺えるのはこの2冊だけなんだが、もう思い当たることが多過ぎて笑うしかなかった。そう、私の知る限りでは彼女はちゃんと読めてる人で、毒舌という芸風でうまくカモフラージュしないとあんまりに胸にこたえるのだ。
「えんぴつで奥の細道」は、薄墨で印刷された松尾芭蕉の紀行文をなぞり書きするという本。斎藤曰く「読者は高齢者が中心、脳トレ、ぼけ防止」なのだが、ハイその通り、この本は初老を迎えた自分の母に紹介するために手にとったのですよ!彼女のこんな言葉が耳に痛い。「……子供が塗り絵にいそしみ、鼻の頭に汗をかいて字をなぞる姿はかわいらしいが、認知症の予防になるとの名目で、お年寄りに塗り絵やなぞり物があてがわれる姿はどことなく痛々しい。安心して認知症にもなれない社会って何?まして脳トレにどれほどの効果があるか、科学的に証明されているわけでもないのである。……」
「朗読者」はいま「愛を読むひと」という邦題で映画が公開されている最中。斎藤曰く「包茎文学、インテリの男性が好むインテリ男に都合のいい小説」で、うーん、この本を私に推薦してくれたのはインテリの男性です確かに。「……少年・青年・中年期を通して「ぼく」は終始一貫「いい思い」しかしていない。少年時代には頼みもしないのに性欲の処理をしてくれて、青年時代にはドラマチックな精神の葛藤を提供してくれて、最後に彼女が死んでやっかい払いができるなら、こんなにありがたい話はない。本の朗読をしてあげた?戦争犯罪について考えた?そんなの「いい思い」のうちですよ。だいたい、この「ぼく」ってやつがスカしたヤな野郎なのだ。自分はいつも安全圏にいて、つべこべ思索してるだけ。で、この小説は、そんな知識階級のダメ男をたかだか「朗読」という行為によって、あっさり免罪するのである。」まあ確かに読んでる最中、語り手がヘタレ過ぎて苛々した記憶あるけど、でも結構いい本だったぞ。この言いようは手厳しいな。
この本のいいところは、どう考えてもくだらない本も(叶恭子「蜜の味」)、くだらないと言ったら炎上しそうな本も(西尾幹ニ「国民の歴史」)、多くの人にとってくだらなくない本も(宮部みゆき模倣犯」)、ブレずに同じ土俵で論評している点にある。読書ファンなら多分、50冊もベストセラーがあればどれか1冊は実際に読んで気に入っているんじゃないかと思うが(村上春樹海辺のカフカ」なども含まれているし)、それをこてんぱんに落とされても、まあその通りなんだけどねー、と苦笑いするだけで、あまりいやな印象を持たないだろう。と同時に、読まず嫌いにしているだけの本にもそこそこ価値があるのかも、と思わせてくれるから不思議だ。「プラトニック・セックス」を読んで飯島愛のあまりにも潔いワルっぷりに嫉妬した斎藤美奈子に、引用文を読んだだけでわたしは同調してしまった。