サミュエル・ベケット「いざ最悪の方へ」

Samuel Beckett「Worstward Ho」


 まだ戻り虚空は消え去ることがあるを取り消
す。虚空は消え去ることがない。薄暗さが消え
去るのをのぞいて。そのときすべて消え去る。
すべてが消え去ってしまったわけではない。そ
のうち薄暗さが戻る。そのときすべて戻る。す
べてが消え去ったままではない。一人は消え去
ることがある。二人は消え去ることがある。薄
暗さは消え去ることがある。虚空は消え去るこ
とがない。薄暗さが消え去るのをのぞいて。そ
のときすべて消え去る。


 頭。それが消え去ることがあるか尋ねない。
ちがうと言う。尋ねずちがう。それは消え去る
ことがない。薄暗さが消え去るのをのぞいて。
そのときすべて消え去る。おぉ薄暗さが消え去
る。これっきり消え去る。すべてこれっきり。
これっきり。


 そうして最少の方へまだ。薄暗さがあいかわ
らずであるかぎり。薄暗さは薄められ。あるい
はさらなる薄暗さへもっと薄暗くされ。最も薄
暗い薄暗さへ。最も薄暗い薄暗さのなかの最も
最少。最高の薄暗さ。最高の薄暗さのなかの最
も最少。もっと悪くなりえない最悪。


 次にどのように薄められた薄暗さがもっと悪
くなるか見るのも言うのも失敗する。なおさら
もっと薄暗くなるのをのぞいてどれほどどうに
もか。しかしわずかな薄暗さだけがどうにもの
後どうにかまだなおさらもっと薄暗くなるため
に。最も薄暗い薄暗さまで。どうにか薄められ
ているのをのぞいてなおさらもっとより悪く。


教会から非─教義的にひとが得るのは「薄明か
り」だけではない。そこにはまた「薄暗がり」
があり …… 薄暗がりはその暗さをむしろ昂
じさせて「神話的暴力」の暗黒へと再び戻って
しまい、他方、薄明かりのほうも、例えば「父
祖の地への帰還と建国」のような、より明るい
光を求める意志の高まりの陰で、徐々に省みら
れぬものになり、打ち捨てられてしまう、



大宮勘一郎ベンヤミンの通行路