classics

舞城王太郎「短篇五芒星」

「衝動で動き出すだろ?動き出す以上、何か結果っつうか、答みたいなもんが欲しくなるだろ?その衝動にも何か意味付けしたくなるっつうか、まさか何もないなんて思いたくないだろ?でもさ、そのまさかなんだよ。衝動に根拠とか理由とかないから。まったくの…

谷崎潤一郎「痴人の愛」

普通の場合「夜」と「暗黒」とは附き物ですけれど、私は常に「夜」を思うと、ナオミの肌の「白さ」を連想しないではいられませんでした。それは真っ昼間の、隈なく明るい「白さ」とは違って、汚れた、きたない、垢だらけな布団の中の、云わば襤褸に包まれた…

ジャン・ジュネ「花のノートルダム」

Jean Genet「Our Lady of the Flowers」 かつてディヴィーヌ自身が私に告白したように、私もこう告白することができる。私は微笑みながら、あるいは馬鹿笑いしながら、軽蔑に耐えている。だが、私がこうして自分を地べたよりも低いところに置いているのは、…

堀江敏幸「雪沼とその周辺」

単行本発刊直後、とはもう8年前になるのか、室内にうず高く積みあげられた本のドミノタワー何本も、その頂上のひとつにしばらく鎮座していた表紙、懐かしい。当時想像していたとおりに上質で洗練された静謐な短編集。雪沼を巡る村に住む人々のささやかでつま…

ジャン・ジュネ「シャティーラの四時間」

Jean Genet「Four Hours in Shatila」 その時だった。家から出ようとする私を、突然の、ほとんど頰を弛ませるような軽い狂気の発作が襲った。……死者は男女とも皆イスラーム教徒なのだから屍衣に縫い込まれることになる。これだけの数の死者を埋葬するには、…

ウンベルト・サバ/須賀敦子 訳「ウンベルト・サバ詩集」

Umberto Saba リーナに はじめての、おごそかな 夜、呼び声を聴いた、キウ。 むかしの愛が、リーナ、 ふと記憶にかえる。 いくつの声が、あの声に応えたことか、 いくつの歌が、あの歌に! 君恋しさが胸を締めつけ、 忘れたことの、宥しをねがった。 ついこ…

舞城王太郎「イキルキス」

以下3編収録。 ・イキルキス ・鼻クソご飯 ・パッキャラ魔道←「クラリネットをこわしちゃった」の後半部分の精神です 表題作で、福島学14歳が好きな女の子と倉に2人きりになる描写がおもしろい。まじかよーという思いで頭がクラクラしながら、大人になってく…

舞城王太郎「NECK」

首にまつわる、小説・脚本1(舞台上演済)・脚本2・脚本3(映画化済)の4つのおはなし。脚本2が最も良い。 舞城の良さ…というより私好みである理由の一つとして、アメリカB級映画のバタ臭さが感じられる点がある。もちろん冷めた目つきで、でもそういうのが…

舞城王太郎「獣の樹」

物語では、主人公ナルオの立派なたてがみが、彼が馬の子供であるという自覚を失った途端に剥がれ落ちてしまった。その背中の真皮組織の赤い水脹れを想像した。 その晩、わが畏友の焼けただれた背中を夢に見た。彼は、他の人の背中がそうでないのを羨んでいた…

舞城王太郎「獣の樹」

「喜びは鳥になる。悲しみは石になる。悪は木になる。アイウィルテルユーヴェリーヴェリーバァァァァッドシングスアンダーザブランチィズオブマイン。おいで、ナルオトヒコ。」 ナルオの立派なたてがみが、彼が馬の子であるという自覚を失った途端に剥がれ落…

フランツ・カフカ「変身」

Frantz Kafka「The Metamorphosis」 さて、十何年ぶりかに読んだカフカだ。彼を紹介する文にある「…実直に務めた労働災害保険協会での日々は、官僚機構の冷酷奇怪な幻像を生む土壌となる…」「人間存在の不条理を主題とするシュルレアリスム風の作品群を残し…

大江健三郎「水死」

自分が生をどうにか生き延びていくなかで、ふと大江がそばにより添ったことがあった。その時もやはり転回点を迎えていた。「個人的な体験」を読み進めることができない状況に陥り、わたしは、作中で大江に該当する人物がしたのとまったく同じく、床にただ茫…

堀江敏幸「熊の敷石」

彼の言いたいことは、それこそ「なんとなく」わかるような気がした。私は他人と交わるとき、その人物と「なんとなく」という感覚に基づく相互の理解が得られるか否かを判断し、呼吸があわなかった場合には、おそらくは自分にとって本当に必要な人間ではない…

舞城王太郎「ビッチマグネット」

いい家族だな。そしていい青春小説です。 父母姉弟の4人家族で、父が浮気で家を出てしまって完全に家庭崩壊。だけど最後には、父と母は自分たち子供とは別人格で他人、父と父の愛人と母との関係をひとつの恋愛関係だと捉えられるところまで理解しあえてる。…

W.B.イェイツ「イェイツ詩集」

William Butler Yeats「The collected Poems of W.B.Yeats (Macmillan)」 I had a thought for no one's but your ears: That you were beautiful, and that I strove To love you in the old high way of love. あなた一人だけに伝えたい思いが私にはあった…

ヘルタ・ミュラー「狙われたキツネ」

Herta Müller「Der Fuchs war damals schon der Jäger」 ある日の午後、にわか雨が上がった後の中庭でのことだった。熱のこもったままの敷石の隙間を黒いアリの行列が這いまわっていた。アディーナは、砂糖水を流し込んだ柔らかい透明な管を敷石の隙間に置い…

J.M.クッツェー「ダスクランド」

J.M.Coetzee「Dusklands」 つまり彼女は、ぼくには秘密があると思っているし、しかもそれが、癌のように口に出せない秘密だと信じている。が、彼女がそう考えるのは自分自身をなぐさめるためだ。というのも、秘密があると信じることは、記憶の迷路のなかを探…

サミュエル・ベケット「また終わるために」

Samuel Beckett「For to End Yet Again and Other Fizzles」 また終わるため 頭蓋骨だけ 出口のない暗 い場所で ひたいを板きれにおき 始めるため。 こうして 始めるための 長い とき 場所が消 え しばらくして板きれも消えてしまうまで。 だから 頭蓋骨 闇…

サミュエル・ベケット「いざ最悪の方へ」

Samuel Beckett「Worstward Ho」 まだ戻り虚空は消え去ることがあるを取り消 す。虚空は消え去ることがない。薄暗さが消え 去るのをのぞいて。そのときすべて消え去る。 すべてが消え去ってしまったわけではない。そ のうち薄暗さが戻る。そのときすべて戻る…

クロード・レヴィ=ストロース「悲しき熱帯(2)」

Claude Lévi-Strauss「Tristes Tropiques」 一体、馴れ親しんだ環境や友達や習慣を棄て、こんなにも大きな経費と努力を払い、健康まで危うくした挙句の結果というのは、たったこれだけのことなのだろうか?調査者が一緒に居ることを許してもらっている一ダー…

クロード・レヴィ=ストロース「悲しき熱帯(1)」

Claude Lévi-Strauss「Tristes Tropiques」 「私は旅や探検家が嫌いだ。……」 この手記の筆者が冒険も旅行も好きではなく、世界中のあちこちで外交的に振る舞うということが性に合わない人間だ、というのは読んでいれば誰もが理解するところだ。彼に似合うの…

ドリス・レッシング「破壊者ベンの誕生」

Doris Lessing「The Fifth Child」 ドリス・レッシングは2007年のノーベル文学賞受賞者だが、純文学らしからぬ装幀にひかれて読むことにした。 時代遅れの感性をもつカップルが、ロンドン郊外の分不相応に大きな家で、あたたかい大家族をつくりあげることを…

川上弘美「溺レる」

川上弘美は、書かれたものについて、とても繊細だ。 これは短篇集だが、すべての短篇について、登場人物の名前をわざわざカタカナ表記にしているのが、それに気付くきっかけになった。とりあえずはカタカナ表記は異質に見えて、文章のなかで人物が際立つとと…

ロビンドロナト・タゴール「迷い鳥」

Rabindranath Tagore「Stray Birds」 夏の迷い鳥が、わたしの窓にきて、うたをうたい、飛び立つ。 そして、秋の黄ばんだ木の葉が、うたうでもなく、吐息まじりに舞い散る。 Stray birds of summer come to my window to sing and fly away. And yellow leave…

J.M.クッツェー「敵あるいはフォー」

J.M.Coetzee「FOE」 スーザン・バートンという名の英国人女性が、未開の島地に流れ着く。彼女は、連れ去られた娘を追ってブラジルを捜索したものの手掛かりがつかめず、2年振りの帰国を果たすためにリスボンに向けて航海中だった。ところがその船が乗組員に…

ヴィトルド・ゴンブローヴィッチ「フェルディドゥルケ」

Witold Gombrowicz「Ferdydurke」 永遠の青二才、か……性格の不一致としか言いようがない。これほど読破に苦労したのは記憶にない。

W.G.ゼーバルト「土星の環」

Winfried Georg Sebald「The Rings of Saturn」 ……私たちは荒寥とした音もないこの八月について話した。何週間も鳥の影ひとつ見えない、for weeks there is not a bird to be seen, とマイケルが言った。なんだか世界ががらんどうになってしまったみたいだ。…

サミュエル・ベケット「伴侶」

Samuel Beckett「Company」 ……同じ闇、あるいは別の闇のなかで、もう一人の人間が、すべてを自分の伴侶として想像する。ちょっと見たところ明白な言葉だ。だが、まじまじ見られるとそれは混乱する。しかも目がまじまじと見れば見るほど、それはよけいに混乱…

サミュエル・ベケット「見ちがい言いちがい」

Samuel Beckett「Ill Seen Ill Said」 もう幻でしかありえない。もう続かない。彼女とその他すべて。すっかり眼を閉じて、彼女を見るだけ。彼女とその他すべて。眼をすっかり閉じ、彼女を死ぬほど見ること。省略なしに。小屋で。砂利土の上で。野原で。霧の…

W.G.ゼーバルト「空襲と文学」

Winfried Georg Sebald「On the Natural History of Destruction : With Essays on Alfred Andersch, Jean Amery, and Peter Weiss」 ・空襲と文学 チューリヒ大学講義より ・悪魔と紺碧の深海のあいだ 作家アルフレード・アンデルシュ ・夜鳥の眼で ジャン…