ドリス・レッシング「破壊者ベンの誕生」

Doris Lessing「The Fifth Child」


ドリス・レッシングは2007年のノーベル文学賞受賞者だが、純文学らしからぬ装幀にひかれて読むことにした。
時代遅れの感性をもつカップルが、ロンドン郊外の分不相応に大きな家で、あたたかい大家族をつくりあげることを夢見る。金持ちの親戚に金をせびりつつ、子供を4人生み、計画はそれでも順調だった。休暇ごとに集まる大勢の親戚たち。ところが、5人目に生まれた子供は奇形児だった。彼の狂暴な性質が家庭生活を破壊する。飼い犬殺しの疑い。父親やほかの子供たちから不気味がられた5番目の子供ベンを、母性に惑わされた母親だけが普通の子のように育てようとする。愚かな彼女の行動が、あたたかい家庭生活を転落させていく。一度は収監された奇形児収容施設にベンを奪い返しに行ったことが決定打となり、一家は離散への道を辿る。
20世紀前半に発表された映画「フリークス」で、畸形のサーカス芸人をスクリーンに曝したことの衝撃について論じたものは、いくつか読んだ記憶があり、クラシックな問題意識なんだろうと思う。それが我が子として幸せな家庭へ襲撃をかけてくるのだから、家族たちのきまり悪さや嫌悪や恐怖は格別だろう。奇形児の誕生そのものは自然現象だけれど、ベンはとにかく不気味な存在として描かれる。彼は、話し方や笑い方、食事の仕方を、行為の意味を理解しないままに、他の子供たちの真似をすることによって、単なる条件反射の仕方として体得していく。フリークスの抱えている問題意識を、一見幸せな家族のかかえた汚点として不気味さを鮮明に打ち出している以上、モダンホラーにカテゴリされても不思議ではない。でも、しょせんは虚構でしかない家庭や、イギリスの階級意識など、正統な風刺でディテールが洗練されていて、エンタテイメントとは言えないような凄みのある物語だ。
レッシングについてはノーベル賞受賞時のコメントを聞いて、気骨があってたくましいばあちゃんだな、と好意的にとらえた記憶がある。機会があったらもうすこし読みたい。