奥田英朗「イン・ザ・プール」



変態精神科医・伊良部の診療譚。5編収録の短篇集です。直木賞作家って伊達じゃないんだなと思った。きっちり読ませます。
1話目の表題作「イン・ザ・プール」を読んだ限りでは、あまりにも型にはまったエンタメぶりに辟易するばかりだった。人物造形は類型的、エピソードは至極ありがち、文章は会話中心で地は最小限の描写のみ。しかも、「主人公がはまりこんだ状況に彼自身よりも先に読者が気付くようにする」という類いのスキームもばっちりおさえてあったので、ずいぶん巧い作家だなと思って著者プロフィールを繰ったところ、広告業界出身とのこと。なんだやっぱりリサーチの上で作りこんでんじゃん、と乱暴に見切りを付けてしまうと、続きを読む気は一気に失せてしまった。ほんと、連ドラにしやすそうな軽妙な体裁なんだもん、小説ならではの良さじゃないよねこれ。推薦者が書店でしきりに、わたしの辛口意見に対する保険をかけてたけど、その保険で足りるとは思えない。
と思いつつ2話目以降を読み進めていたんだけど、意外や意外。肝心の物語のほう、「症状とその治癒プロセス」のセットがパターン化することがなく、飽きさせなかった。それぞれの病気にあわせて物語の構造をまったく変えていたのも見事で、しかも話の成り行きはきわめて自然に流してある。また、読み進むほどに伊良部というキャラクターの魅力が広がっているので、連作には不可欠となる材料までもがきちんと揃っている。一読の価値ある実力作家なんですね。