フランツ・カフカ「城」



この冬ではじめての雪が降っている。夜が明けたら、降り止んだ雪のまぶしさで、窓の外が白んでいたらいい。
幼い頃、夜から雪が降り続いていた翌朝、雪の降りつもった明け方は、すべてのものの距離が消え失せていた。あまりの静かさは不気味すぎて、いったん目が覚めたら再び眠ることなんてできない。布団にくるまってじっとしていると、いつもなら聞こえない音も聞こえてくる。家から少し離れたところにある駅に、電車が近付いてきたらしい、プラットホームに近付くときに鳴らす警笛が、細く長く聞こえる。それから、外の庭木からばさばさと鳥が飛び立つ音、その鳥が啼く声は、発生点を移動させながら消えていく。降り積んだやわらかな雪は、あたかも余分な音をわざわざ選んで打ち消してしまっているかのようで、わたしの耳には、近さと遠さがうまく聞き取れなくなる。
小学校へと通う道は、田園地帯を一直線に抜けていく。アスファルトで舗装された一本道も、刈り取られた稲の株が整然と並んだ田圃も、そしてその畦も、すべてが雪でおおわれて白くどこまでも続いていて、それは小学生の目には見渡すかぎり遥か遠い。そして、その白い平面を分け区切る線は見当たらない、土地の段差をさししめす雪の陰影がわずかにあるばかりで、または道沿いに流れている用水路へと雪の塊が落ち窪み、そこからは白い湯気がたちのぼっている。車の通った轍と、先の踏破者たちの大きな足跡に、自分の一歩一歩を重ねて、雪原の中を歩いていく。雪に洗われた空気は、遠くの風景を間近に引き寄せてくれていた。平地を取り囲む山々は朝の斜光を受けて、山肌の表現をいっそう豊かにして、わたしのいるごく近くで、その正体を明らかにしてくれた。


カフカの「城」では、舞台となる村は始終、雪に閉ざされている。雪はすべてを覆い隠して、測量士の本分を本質的に妨げてしまう。彼は村を訪れても、あらかじめそこにあったはずの土地の分筆を目にすることができない。ましてや自分の測量道具すら持っていない。到着したそのとき既に彼は無力で、測量士の職を与えられたとしても、仕事にありつける見込みが最初から絶望視されている。彼は村を司っているらしい「城」をめざす、まずは自分の足で徒歩によって。でも思うより以上に城は遠くて、歩いても歩いても彼にはたどりつくことができない。伝令者はやすやすと行きついているようであるのに。彼は疲労して村人にしなだれかかり、彼らの橇に乗せてもらい、やっとのことで宿屋に帰り着くことができたくらいだ。城は近くにあるようで遠く、村内の地理もとらえきれない。彼の尺度では村は計測することができなくて、測量士とは形ばかり、この村では彼は、Kという名前しか与えられない。
Kは、人づてで「城」の役人に接触しようとも試みるが、うまくはいかない。役人も秘書も、Kとは必然的にすれ違ってしまう。下っ端連中ですらKのやり方を非難し、物事の執り行ない方を正すべきだと忠告する。彼らは体得しているらしい「城」の掟が存在している。それを一向に理解しようとしないKは、ただ徒労を積み重ねるだけだ。Kは仕事がありつけるという情報をたよりに村を訪れた、でも仕事は与えられない、かといって追い払われることもない。Kの基準で推し量ることのできない論理があって、明文化されていない掟が、Kには理解しがたい方法で運営されている。しかし村には間違いなく秩序がもたらされていて、多少の滞りはあれど、集合を分類し双方を関係づける分割線は整然とひかれているようだ。その分割線は、よそ者であり雪に目がくらまされてしまったKには見えない。


Kの徒労の物語の中に、アマーリアに関する噂話が長く挿入されている。彼女は、城の役人ソルティーニからの手紙(ラヴ・レター)を破り捨てるという失態を犯したために、家族もろとも、村の社会から落伍する境遇に陥った。ソルティーニはその件を城へ報告する訳ではないから、公的にはアマーリアは罪はないし罰せられない。でも村人は彼女らと関係を断たざるを得ないし、結果的に村八分に近い状態になってしまう。アマーリアの家族たちは言う、「赦しを得るためには、まず罪を確定しなくてはならない。」だが、「城」にとっては、報告にあがってこない以上、アマーリアに罪はないのだし、だから赦すことはできないし勿論、罰することもできない。原告が不在で被告だけの状態で訴訟が執り行なわれて、赦しを得たいために逆に罪を遡及する、でもそれが無いから訴訟は延々と繰り延べされるまま。
ある人が原因で、幼馴染と疎遠になってしまったことがある。彼女の短慮が招いた事態だった。彼女はもごもご口ごもる、まるで自分のせいみたいじゃない。彼女はおそらく私の非難が欲しかったのだろう、被害者の親告なくしては罪は確定されなくて、このままでは償うこともできず赦されることもない。それに、彼女が確実に無罪を得るには、「あなたのせいじゃない」という私の言葉では絶対的に不十分で、それには私と幼馴染とが仲直りして、そもそも罪の存在根拠が無くなるしか有りえなかったのだ。…実際は彼女に罪なんて無い。もともと人間関係は必然性や強固な絆で結ばれることのほうが少ないから(たまたま席が隣だったから仲良くなった、なんてのはよくあることだ)、ちょっとしたファクターで脆く崩れ去るのはまあ仕方ない。彼女は原因を作ったけれど、それが招いた結果に対して責任を負わなければならない人ではなかった。判決なんて誰にも出せない。でも彼女のために仲直りするなんていうのも愚かしい。だから私は彼女の発言を聞き流した。


東京で雪を待ちわびているときにはよく、郷里のライブカメラを覗いて、画面が雪で白く埋まっていくのを見ている。映像に映し出される漆黒の松本城の別名は、烏城。烏=kavka(in Czech)=Kafka The Castleとは、遠く思いを馳せる対象として、これほどふさわしいものは無いだろう。