鏡明「不確定世界の探偵物語」



編集やってる人と書店に行くと、長時間滞在の代償なのかときどき文庫本をプレゼントしてくれる。ありがとうございます。たいていは私が自分で選書するんだけど、この本に限っては、あなたはこれを読んで、て言って渡された。和製SFです。大森望さんが解説を書いてるのを見て一安心して読み始めるわたし。
たった1人の人間がタイムマシンを所有して、彼が過去に遡って歴史を書き変え、今の世界が絶えず変容してしまう、そんな世界の話。歴史の書き変えはほとんどのSFにあって禁則事項としてとらえられているけれど、このSFではそれなりの倫理性を持って歴史の書き変えが行われていて、その先にどのような虚脱感や権力が発生するのかということが描かれていてそれが面白い。この本はその世界で起こった事件を纏めた短編集なので、包括的な視点が呈示されることはないんだけど、あたかも日常のようにこの不確定な世界に浸ろう、と読者に向かってとても開かれたストーリーになっている。SFファンコミュニティからは相当歓迎されただろう、これほど同人誌を書きやすい形はあり得ないでしょう。
そして多分わざとなんだろう、人物造形とエピソードの数々は超ステレオタイプで、B級ノベルの匂いがとにかく強烈。ハードボイルドなヤサグレエロ主人公、美人でグラマーで文武両道の秘書、ほとんど誰とも会わない特殊な倫理観の支配者、ってやりすぎだろ(笑)、うん、こういうベタなの嫌いじゃない、たまにリチャード・レイモンとか読みたくなる、ああいう感じだ。←こんにちレイモンを日本で読めるのは大森さんのおかげ。