サイモン・シン「暗号解読(上)(下)」

Simon Singh「The Code Book」


フェルマーの最終定理」はずいぶん前に読んだ。自然科学系の本はどうも敬遠しがちな私が彼の本をすいすい読んでしまうのは、ヒューマンドラマが描かれているためだと推察するのだが、そもそもそういう人文系の取っ掛かりがないと読みにくい、興味が持続しずらいという辺りが、本質的に私には理系学問の趣味がないことをよく示している。数学も物理も化学も成績は良かったが理系の研究者になれないのはそういう訳だ。研究者として生計を立てる人というのは、勉強ができる人ではなく勉強が好きな人だ。結果として成績水準は高いのだが。いま周りにいる職業研究者を見ていると、多くの人は「大学への数学」を購読し、ブルーバックスを愛読し、フェルマーが解けたこともリアルタイムで把握していた。


暗号の作成と解読、古代文字の解読から量子コンピュータの解説までを上下巻かけて走り抜ける。暗号が歴史を変えたというような劇的な書き方をしているが、別にそれがなくたってスコットランド女王メアリーが復権するなんて有り得なかったし、第2次世界大戦の戦況が変わることもなかった。近年のRSA暗号などは完全にテクニカルな問題で、開発者のヒューマニティは過去の史実に比べると卑小だ。というくらいにクールな姿勢で読んだつもりだが、やっぱりサイモン・シンの力量は凄い。
ひとつ難があるとすれば、内容が、著者の拠点である英国に贔屓めであること。資料がより多く集められたのだろうから致し方ないのだが、暗号解読の能力は英国に分があると勘違いしやすい。