ウンベルト・サバ/須賀敦子 訳「ウンベルト・サバ詩集」

Umberto Saba


リーナに


はじめての、おごそかな
夜、呼び声を聴いた、キウ。
むかしの愛が、リーナ、
ふと記憶にかえる。


いくつの声が、あの声に応えたことか、
いくつの歌が、あの歌に!
君恋しさが胸を締めつけ、
忘れたことの、宥しをねがった。


ついこのあいだ、おごそかな
夜、呻きを聴いた、キウ。
むかしの痛みが、リーナ、
ふと記憶にかえる。



むすめに


おさない、ぼくの芽ばえ、
ぼくという木に花咲いたから、かわいい
わけじゃない。ただ、おまえがこんなに
かよわくて、愛がおまえをくれたから、かわいい。
ああ、ぼくのむすめ、おまえがぼくの夢を叶えてくれる
から、なんていうのじゃない。おまえへの愛は、
ほかのすべての芽ばえを愛するきもちに、勝らない。


ぼくの人生は、ぼくのたいせつな
おじょうちゃん、
淋しい坂道だ。ひくい石垣で終る
坂道で、
夕焼けのなか、ひとりそれに腰かけて、
かくれた、ぼくの思いを眺める。
その思いの頂上に、おまえはいなくとも、
おまえの世界では、けっこう愉しんでいる。
そばで見ていると気持がいい、
おまえの、一歩一歩の征服。


すこしずつ、おまえは家を手なづけ、
乱暴な母さんのハートを手なづける。
母さんを見ると、おまえのほっぺたは
歓喜にもえ、あそぶのをやめて、かけよる。
うつくしい、やさしい母親がおまえを抱きあげ、
おまえをむさぼる。ふるいほうの愛は忘れて。



メランコリア


メランコリア
ぼくのいのちを容赦なく
壊しつくすきみだが、
この世のどこにも、この世のどこにもきみくらい、
気を散じてくれるものはない。


ない。いや、ほんのくだらないものが
もしかしたら、あって。少女、
きみはあれに似ている。
とびらが開いて、手足もあらわな装いのきみが
はいってきて、ぼくを迷わせる。


こんなにとるにたりない。
来ては行ってしまう春みたいな
魅惑。きんいろの
捲き毛のなかばだけベレーでかくして、
あとはなにもかもこれ見よがしに。


だがいつか若さも、
にごった酒の酔いも
さめるし、恋だってさめる。
傷ついたこころに澱んでいるのは、
むなさわぎだけ。


メランコリア
ぼくのいのちは
よろこんで焦がれつづけた。
死を。それは、だが、ほとんど痛ましいから、
もうこれ以上はのぞまない。


愛せなくなった
いま、死を解放者とはよべない。
痛みのなかで、それを想いはしても、
よろこびは、もはや、ない。


そのことに、ぼくは
気づかなかった。いま、ぼくは飲んでいる、
経験がもってきた、にがい最期の
ひとしずくを。ああ、どれほど死の想いが
いとしいことか、


初めての恋にであって、
頰をあからめ、身をふるわせる
少年にとっては。
老人が墓を愛さないとは、なんという
運命の酷さ。