フラナリー・オコナー「烈しく攻むる者はこれを奪う」

Flannery O'connor「The Violent Bear It Away」


マタイ伝11章12節「バプテストのヨハネの時より、今に至るまで、天国は烈しく攻めらる。烈しく攻むる者は、これを奪う。」


ターウォーター少年の大伯父が亡くなった。少年と老人は町を離れ、森の中の開墾地で暮らしていた。学校に通わせることもなく。老人は自らを預言者と名乗り、その後継ぎたる教育を少年に施していた。少年は彼の墓穴を掘る。彼が生前に希望していた通り、じゅうぶんに深くなるように。でも、少年は作業を中断して泥酔した挙げ句に、老人の遺体がその内部で眠ったままの家屋に、火を放ってしまう。火葬にするな、という老人の遺志に反して。
少年は森を抜け町に出て、少年の伯父(老人の息子)レイバーの家に行く。伯父は教師をしていた。教師はかつて、老人の許から脱走した経緯があった、預言者の跡継ぎになることを拒んで。彼は少年が老人の許にいて、おかしな教育を施されていることを苦々しく思っていたから、なんとか少年を教化したいと思った。しかし、少年には明らかに、預言者の血が流れていた。教師自身もかつては苦しみ、なんとか抑圧した血。教師に対して反抗的な態度がおさまらない少年は、深夜こっそり部屋を抜け出して教会へ行った。一人の少女がそこで説教をしていた。彼を追跡した教師は思う、いつでも子供が被害者になるんだ…。
教師の家には、白痴の子供ビショップがいた。老人は、白痴が生まれたことを、教師が老人を裏切った天罰だとみなしていた。そして少年に繰り返し言い聞かせていた、あいつに洗礼を施すんだ。少年は洗礼のイメージにとらわれていた、公園の池やコップの水を意識して。
しばらくして教師はそれに気付いて、荒療治にうって出た。お前は洗礼に執着している、でも洗礼なんてそう、ごたいそうなことじゃないんだ。老人の教育に取り憑かれるのはよせ。しかし説得の途中で動揺した教師は、彼がかつて白痴の子供を海で溺れ死にさせようとしたことを漏らしてしまう。少年は思う、教師には何もできない。でも俺はやるんだ。老人を自分の仕方で葬ったのだから、彼の影響からは抜け出したはずだ。そして少年は、白痴の子を溺れ死にさせてしまう。湖に沈め、そしてあくまでもついでに、たいした儀式ではないものとして、洗礼も施した。
少年はかつて住んだ開墾地へと向かった。開墾地近くのガソリンスタンドの女に、かつて住んだ家に放火したことを咎められ、少年は猥雑な言葉を吐く。また、ヒッチハイクをして乗り込んだ車の運転手の青年に、泥酔させられ強姦される。少年はようやく、教師は頭がよかった、彼のやりかたは正しかった、と気付きはじめた。
開墾地にたどりついたとき、彼が目にしたのは、十字架を立てられた大伯父の墓だった。近くに住む黒人が、少年が火を放つ前に穴を掘って埋葬していたのだった。少年はついに、教師に敗北したことはおろか、大伯父にすら打ち克つことができていなかったと気付く。


教師のやりかたは最も理性的で現実的だろう。でも彼は補聴器をしていて、都合の悪い声については彼は器具をオフにしてしまう。聞きたくないものは聞かないようにしていなければ、抑圧に成功するはずはない。補聴器を付ける羽目になったのは、かつて教師が少年を連れ戻しに開墾地に赴いたときに、老人に耳を撃たれたからだが、そのとき彼は、老人の傍にいた少年の顔を見ていなかった。同行した教師の妻が、恐ろしい、と言った顔を。露顕したものを、見損ない続けなくてはやっていけない。
預言者の血、もっと言えば狂信的な気質は、少年を破滅まで追いつめる。少年は老人に心酔していた訳ではなかった、老人にではなく、自分自身にふりかかる神託を実行しようとしていた、でもそれは一向に聞こえてこない。神を前に後退するだけだった教師を見下しつつも、彼が賢かったことを認めざるをえない状況に陥る。(教師は、神学的に正しい意味で怠惰に陥っていたんだと思う。)少年は彼の気質をもてあます。こんなにも自覚して冷静であるはずなのに、神に無関心でいることはできない。どうにかして近付こうと試みる、その結果、神に恵みを授かるのか、神に唾を吐きかけるのか、定かではないのに。
狂信的とまで言わなくても、直らない悪習に手を焼くのはままあることだ。偏執狂的、こだわらないと自分で定めたはずのことにこだわり続け、機械的に振る舞うことでなんとか感情を押しとどめようとする。でもこの悪習はかなり自分に深くまで根差しているんだろう。誰にも知られたくないし知られたらその人から離れざるを得なくなる。ここでのうのうと明かすことのできる苦しみなんて、せいぜいが自傷行為だ。人に見てもらう前提の浅い傷。


オコナーは最も好きな作家のひとりだ。今年に入ってから、ちくま書房が短篇集を文庫化したので、周囲の人々に配って歩きたいぐらい。短篇集「善人はなかなかいない/A Good Man is Hard to Find」を収録している上巻がおすすめ。長編「賢い血/Wise Blood」も文庫化済だけれど、長編ならばこちらの「烈しく攻むる者はこれを奪う/The Violent Bear It Away」のほうが傑作だと思う。ただし絶版して久しいし、図書館でもたいていは閉架らしいので、ふらりと手にとるという機会はありえない。…というような理由であらすじまで書きおこしたんだけど、誰か読む気になった人がいてくれるといいな。



※実際に読んだのは佐伯彰一訳/新潮社/絶版