舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日(上)(下)」



ふはははははははははは!ガッデムディスコシット。みたいな不敵な元気さが舞城くんに戻ってきて、超よろこばしい限りです。「新潮」での連載が終わってからもう1年以上でしょ待ったよ〜と思ったら下巻まるごと書き下ろし。迷子探し専門の米国人探偵・Disco Wednesdayyyの、えーと……ビルドゥングスロマンです。彼はアメリカ映画的な胡散臭くて大仰なガジェットを全くのリアルで生きてて、仕事上の成り行きで面倒見ることになった少女・梢ちゃんにある日SF的な異変が起こる。彼女の身体に未来の梢が入ってきていきなり成長したり、アカの他人の少女の気持ちが入り込んで梢ちゃんを追い出したり、彼女の膣の中から彼の中指が4本見つかったり。彼は次第に、意識と気持ちが時空を超えられること、あるいは変質できること、誰かの意志によって左右される不確かでかつ複数的な世界の在り方に巻き込まれていく。最初は振り回されっぱなしでどこにも踏み出せないディスコが、強い気持ちでいろいろなものを引き受けていくようになる、かなり悲惨な未来が待っていると判っていても。


「この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?」


上巻は形としてはメタミステリ中心。ミステリでは暗黙の了解である、「すべては事件に関連がある、名探偵が最後に真相を暴いて物語は終わる」という構造をこれでもかこれでもかと脱構築していく。
梢ちゃんが他の人の気持ちによって身体から追い出されてる間に飛ばされてる「パイナップルトンネル」と、殺人事件の報道で偶然耳にした「パインハウスに女の子の幽霊が出る」という話から、すべては関連するはずだ、すべての文脈を回収せよ、という強迫観念を自覚しながらもディスコは福井県のパインハウスにかけつける。自分を襲撃した男・水星Cと共に。そこでは病院坂終了という名のミステリ作家の死の謎を解くために名探偵が集結していて、彼らの推理合戦に加わることになる。その事件を解くことは、梢の謎に関連しているはずなんだ。でも水星Cは言う。変な文脈読んだつもりになってアホなところに余計な顔突っ込むなよ探偵。
名探偵たちは順繰りに推理を発表していくけれど、名探偵が謎を解決しミステリが大団円を迎えた途端、新たな物証が出てきてその解決は水泡と帰し、名探偵は密室で箸で目を突き刺した状態で死んでいく。次々に。大爆笑カレーも猫猫にゃんにゃんにゃんも本郷タケシタケシも。そうやってミステリの大前提をことごとく粉砕した挙げ句、ディスコの最終推理は…えーと言いませんがマジでそれありっすか?!と思った(汗)ト、トポロジカルだ。ちなみに他の名探偵の推理としては、「円形の回廊をぐるり一周、被害者の血痕が残っていたのは、回廊沿いの部屋の宿泊者が自分の部屋の前に死体があるのにびっくりして、隣の部屋の前、さらにその隣へと死体をリレーしたんだ」というのはなかなか傑作で愉快だ。あと「諸々はディスコの妄想」なんていうのも説得力抜群。まぁ結局はおじゃんになってどちらの名探偵も箸で眼窩を突き刺して死んでいくんだけど。
結局舞城くんは、超個性的な文体と破天荒な設定とで散々に読者を揺さぶってるけど、ディスコの妄想なんていう推理で成長物語としての性質を加速させたり、ディスコの最終推理がもたらす世界観を物語の要にしていたり、構成とエピソードがかなり密に練られているのがよく見える。ディスコの名前dis-coの孕む言語的な矛盾や、タイムマシン・パラドクスに表現されている世界観の単調さへの言及も冴えてる。そう、よく考えてみればめちゃ単調で超古風、過去の事実の書き変えや未来の情報の持ち帰りは禁則だとか、もうそろそろそんな時代錯誤なこと言わないですませたい。思考停止したいです、って言ってるようなもんだからね。


下巻は、高校の天文部員ノーマちゃんと踊場水太郎の、新しい宇宙観「双子宇宙論/振動宇宙論」をめぐる討論がサブストーリーとして挿入されるところから始まる。宇宙はどんなふうに存在しているのか?膨張速度の変化から何か見てとれるのではないか?またディスコが時空を自由に超えるのを見て強い確信を手に入れた名探偵たちは、次々に時空を超えていく。世界の在り方はどうなっているのか、あるひとつの宇宙と他の宇宙とはどう影響しあっているのか、彼らは話し合う。もしこの宇宙が可能態としてしか存在していないのなら、100%から差し引いた分の可能態がまだ残されていてそれは似たような在り方で存在しているに違いない。折り返して重なっているのか?振動して共存しているのか?それらの間を飛び越えることは互いに影響を与えうるのか?
また、ディスコの成長を促すカンフル剤が次から次へと現れる。
迷子探し専門の探偵として、蹂躙された子供を数多く救い続けてきた末の、果てしない疲労が生み出した彼の気持ちのかたまりであるムチ打ち男爵が、彼の目の前で子供たちにムチを振るい、皮膚を切り裂き、惨殺する。迷子探偵なんてやってるのは、酷い目に会っている子供たちを最前列で見たいからだろう?でもお前は子供を愛してて、その弱さが自分を苦しめることになるんだと判ってる。弱いことは悪で、罪なんだ。そうだろう?弱いものに罰を与えたいという気持ちが俺を生んだんだ。弱悪強罰。その気持ちに打ち克つことができれば俺をやっつけられるだろう。
そして、救出するために何度も何度もその時間帯に足を運び直面せざるを得ないシーン、絶対悪の「黒い鳥の男」がぎゃあぎゃあ泣き叫ぶ梢ちゃんの穴にディスコの中指、それ用の指をぶった切っては再生し、突っ込んで犯してく。なかなか書き換えることのできないその悪夢のような時間帯。未来においてはその梢のような子供、虐待経験によって他人の気持ちを簡単に入れることができるようになった器が大量生産されるということを知り、自分のやるべきこと、未来で自分がやっているはずのことを知ったディスコは、それにみずからすすんで向かっていく。これから7回殺されて、3億人の子供を誘拐して疲れ果てていた自分の姿を見た後ですら。そのしんどい未来へと、梢ちゃんと一緒に。
愛に関しては舞城くんは常にストレートで清々しくて羨ましくさえある。愛する人がすぐ近くにいる、「手を伸ばして触れる距離、笑顔が見える距離、ささやき声が聴こえる距離にいる」ということが信じ難い強さを持つということを彼は正しく判ってる。大人になると変にものわかりが良くなって駄目だ、言うべきときは言わなくちゃならないことを忘れないでよねと自戒をこめて最もヤラれた梢ちゃんの言葉をここに。


「私を愛するんだったら私のこと完璧に愛してね、一人にしないでね、私のことだけを一生好きでいてね、ノーマさんのことなんか忘れちゃってね、私のために超大きなカードにたくさんシールを集めてね、私が乗りたい背中を全部そろえて並べて腰を曲げさせてね、私のお尻の穴をちゃんと舐めてね、私のこと綺麗綺麗綺麗って言ってね。」